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京都家庭裁判所 平成6年(少)187号 決定

少年 T・R(昭50.1.24生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、自動車運転の業務に従事する者であるが、

第一  平成6年1月3日午前2時35分ころ、普通乗用自動車を運転し、京都市中京区○○町×番地先路上の交通整理の行われていない交差点を西方から東方に向け時速約30キロメートルで直進するにあたり、上記交差点に一時停止の道路標識が設置され、左右の見通しが困難であったから、その手前で一時停止して、左右道路の安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り同交差点に進入した過失により、折りから同交差点に、推定時速約50キロメートルで左方道路から進入したA(当時14歳)運転の自動二輪車の右側面に衝突させ、よって、同人を同日午前8時17分、京都市西京区○△町××-×甲病院において、頭蓋骨骨折による外傷性クモ膜下出血により死亡させ、同車後部に同乗していたB(当時15歳)に頭部外傷I型等の傷害を負わせた

第二  公安委員会の運転免許を受けないで、前期日時場所において普通常用自動車を運転した

第三  前記交通事故を起こし、被害者に前記傷害を与えたのに、直ちに自動車の運転を中止して、救護する等必要な措置を講じないで、かつ、事故発生の日時場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった

ものである。

(法令の適用)

第一の事実につき刑法211条前段

第二の事実につき道路交通法64条、118条1項1号

第三の事実につき同法72条1項前段後段、117条、119条1項10号

(犯人隠避教唆の送致事実について)

1  上記認定の非行事実に加え、少年については犯人隠避教唆の事件が追送致されており、その要旨は、「少年は、自らが罰金以上の刑にあたる業務上過失傷害の罪を犯したものであることを知りながら、自己及び車両貸与者であるCに形責が及ばないようにしようと企て、平成6年1月3日午前4時30分ころ、京都市伏見区△△町×番地の××D方において、Cに対し、加害車両が事故発生前に何者かに窃取された旨の盗難届けを警察署に提出するよう依頼し、その旨決意させ、よって同人をして、同日午前5時25分ころ、京都府山科警察署に赴き、加害車両が事故発生前の同年1月3日午前0時から1時までの間に、京都市伏見区△○町××番地先路上において駐車中、何者かに窃盗された旨の虚偽の被害届けの申立てをなさしめ、もって罰金以上の刑にあたる罪を犯した者を隠避するのを教唆したものである。」というものである。

2  Cが送致事実記載の盗難届けを山科署に提出したこと、それが少年の提案で行われたことは証拠上明らかであり、少年も争わない。しかし、その趣旨については、少年は、審判において、加害車両の貸与者であるCに迷惑をかけたくなかったので、自らが加害車両を盗んで事故を起こしたことにして警察に出頭するつもりであり、罪を免れるつもりはなかったと弁解し、調査官の調査においても同様の主張をしていた。

しかし、一件記録を調査すると、少年ら5名は、本件事故現場から立ち去り、少年方で対策を協議し、盗難届け出すという少年のアイディアを受けてその内容を検討した結果、少年らが少年方で遊んでいるうちに車が盗まれたという内容の盗難届けをする旨の共謀が成立し、Cと同乗者1名が警察に出頭し、上記内容の盗難届けを提出したという事実が認定できる。

確かに、少年は、最終的には出頭するつもりであり、Cに責任が及ぶことを回避する目的で上記発案をしたと認められるが、Cの盗難届けの提出が、自分の轢き逃げの事実の隠避行為になることの認識、認容はあったと考えざるをえず、犯人隠避の事実については、少年ら5名による共謀共同正犯と認められる。少年を教唆者、Cを実行犯という2名による犯罪ととらえた送致事実は、実態にはそぐわない。

3  ところで、現行法上、自己隠避行為は不可罰であり、送致にかかる少年の自己隠避の教唆行為は、当裁判所の認定としては自己隠避の共謀行為であり、正犯としての行為ということになるから、結局少年には非行がないこととなる。

かかる認定は、教唆の場合は可罰的であるのに、正犯の場合は不可罰であることになり、バランスを失するとも考えられるが、自己隠避の教唆が可罰的であることは最高裁判所の確定判例である(昭和35年7月18日決定・刑集14巻9号1189頁等)。これは、自己隠避行為自体には期待可能性がないが、他人を犯罪に引き込んでまで隠避行為をしないということについては期待可能性がないとはいえず、自己隠避の教唆は自己防御として放任される範囲を逸脱しているという考え方に基づくものであると解される。

ところで、本件の事案は、送致事実において被教唆者とされたCが、自分も無免許運転幇助の犯罪を犯したとの認識のもとに当初から積極的に謀議に加わっており、C自身、自己の行為をも隠避する趣旨で実行行為を行ったという事実が認定できるのであって、本件を、少年がCを犯罪行為に引き込んだ事案であると評価することはできず、かえって、少年がCに迷惑をかけないための方策を考える過程で盗難届けというアイディアを思いつき、Cを含む共謀者全員がこれを実行に移すことに積極的に合意したと認められる。

よって、犯人隠避教唆の事実につき、少年には非行がないこととなる。

(処遇の理由)

1  少年の非行歴としては、中学3年時の軽二輪車の無免許運転を皮切りに、原付、四輪の無免許運転、万引き、バイクの占有離脱物横領、シンナーの所持といったものがあるが、それぞれの事案が必ずしも重大とはいえず、保護処分歴としても、四輪の無免許運転の際の交通短期保護観察処分(平成5年5月26日・神戸家裁)があるのみである。

一方、少年の就労状況は良好であって、理容師として高度な技術を身につけ、若年ながら店を事実上任される立場でもあったが、このことが少年にとっては心理的にかなり負担であって、勤務時間外の少年の放縦な行動の一因ともなっていたと思われる。

2  少年は、過去の非行歴からも看取されるように、交通法規に対する規範意識が弱く、本件当日も、本当に運転できるのかどうかを運転者Cから確かめられたにもかかわらず、当時自動車教習所に通っており、運転技術をある程度身に着けていたこともあって、その場の雰囲気から安易に運転を開始し、交差点での一時停止を怠った結果、重大事故を引き起こしたものであり、その責任は重大である。その上、事故現場から立ち去り、罪証湮滅工作にも加担しており、それが、Cに迷惑をかけたくなかったという動機からであったとはいえ、事故に対する対処は極めて不適切であったといわざるをえない。

このような事故の態様からすれば、刑事処分が相当とも考えられる。しかし、事故場面に限って言えば、被害者側の過失もかなり大きく、少年の運転方法そのものが無謀であったという評価はできない。また、少年は、今回の観護措置、調査官の調査を通じて、今回の事故が、偶然のものではなく、少年の従来から有していた問題性の発現であることを理解し、審判においても内省の深まりが認められた。また、前記のとおり、少年の就労状況は良好であり、少年の非行性もそれほど進んだ状態とは考えられず、短期間の収容による教育で、矯正の効果は十分期待できると考えた。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項により、主文のとおり決定する。

なお、少年の処遇にあたっては、調査官の要望事項(少年調査票末尾添付編略)に留意されたい。

(裁判官 家令和典)

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